グルメコーナー
指扇 中華居酒屋「宝来軒」

指扇駅
改札を出て
二塁方向
徒歩3分

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 それは、敗戦に気分もすっかり黄昏た帰り道のワゴン(メルセデス)の中でのことだった。大宮まで送ってくれるという皿田ファミリーの提案に少々遠慮したエースは、以前、出版健保野球大会の助っ人に来たときに、自由国民社の人に指扇(さしおうぎ)という駅まで送ってもらったことを思い出した。
 なにしろ本日は若頭夫婦だけでなく、首領(ドン)もメルセデスの最後部座席にどっかと腰を下ろしている。ファーストの守備についたあと、味方の攻撃が瞬時に終わってしまうことを予想してウインズ攻撃中もファースト横の木の下で待機するという、そんな実務感覚にすぐれる首領である。
 大宮までの道は遠いし混んでいる。確か指扇のほうが近かったし、皿田ファミリーの帰り道の方向にも合っているのではないか……。
 本日、相手のパスボールなどではない真正ホームスチールを決めた、機をみるに敏なエースがそう思ったのも、不思議はないだろう(じつはあのホームスチール、そのとき誰がバッターだったか失念してしまったが、とにかくその大きな、幅のある体が、キャッチャーの視線からオレを隠してくれていたのが成功の要因のひとつだった。あのバッター、いったい誰だったんだろう……)。
 ワゴンはカーナビにみちびかれて指扇を目指すが、なんとなく距離がわからない。確か近いはずだが、ひょっとしてその記憶がまちがっていたら、そのとき首領はどんな反応をするのだろうか。
 不安に思ったエースは、野球大会に助っ人として一緒に参加したレフトGに「なあG、確か近かったよなあ」と同意を求めた。  そこで返ってきたGの返事はこうだ。
 「いや〜、けっこう遠かった覚えがありますけどねえ」
 ええっ!
 この文脈&タイミングでその答えは発する人間って、どうなんだろう。
 Gも送ってもらっている身である。
 ねえ、この答えってどうなんでしょう、みなさん。
 車内に重い沈黙がたれこめたが、Gの意見とは異なりメルセデスはほどなく指扇駅のロータリーに着いた。
 よかった、近かった。ほっとしてそのときはGの問題発言をすっかり忘れてしまっていたが、今思い出して、これを書いているオレである。
 車を降りたとたん、視界の右片隅に『日本海庄屋』の看板。
 じつに鋭い。
 降車した瞬間に指扇駅ロータリー周辺の様子をおおづかみにしてしまうエース。だてに10数年ウインズのマウンドを守ってきたわけではない(ん? 言葉の使い方、合ってるのか?)。
 しかし、なにしろ指扇である。
 万策尽きたならともかく、いきなりチェーン店入店はないだろう。
 黄昏3人組(エース、キャプテン&G。大久保スターウォーズ軍団はなぜエースがいると反省会に参加しないんだろう。なんでだろう)は、駅前の小路をダイヤモンドを回るように散策しはじめる。一塁ベースの位置にバラック小屋仕立ての居酒屋。しかし「準備中」の札。4時50分。惜しい。たぶんあと10分で開くのだろうが。
 と、二塁ベースの位置に中華屋『宝来軒』。この看板は確かロータリーに着く前にも通り沿いで見た記憶がある。だからどうだというわけではないが、さすがエース。記憶力もすごい。
 店のドアの大きなガラスいっぱいに貼られた写真入りメニューの数々。
 黄昏3人組の五感、いやシックスセンスに鋭く訴えかけるなにかが、ここにはある(だからそれは豊富なメニューなんだろうって……)。
 ガラガラ。こんばんは〜。あっ、いらっしゃ〜い(ここはコント風に)。
 しかし、テーブル席4つに座敷にもテーブルが2つというそこそこ広い店内に客はひとりもいない。  やや、不安。
 が、店内にはやはりところ狭しとメニュー、地酒・紹興酒・焼酎の瓶、埼玉栄高校野球部の記念サイン(?)皿、「最近ウーロン茶の銘柄を変更しましたが、前のほうがよいかたはお申し出ください」の貼り紙……。
 いや、ここは絶対にいい店だ。そうに違いない(人間には自分の選んだものが失敗だったと思いたくないという性質がある)。
 生ビールで乾杯したあと、さっそく「20%増量中!」と書いてある鶏ごぼう200 円の小皿を頼む。20%増量といわれても、初めてきたオレたちにはよくわからないが。
 出てきた小皿がなんとも、第一印象としては安い居酒屋のまずいお通しのよう。
 やはりダメだったか……。
 3人の心に再び不安が宿る。
 はしをつけるエース。
 まずごぼう。ん、これは……。
 続いて鶏肉。おっ……。
 なんといえばいいのだろう、見た目はけっしてよいとはいえないが、ほっこりやわらかく、やや濃いめの味つけがうれしい、なんともやさしいテイスト。
 「うまいよ、これ!」
 思わずエースが叫ぶ。
 続いてはしを伸ばすキャプテン。
 「ん……んんっ! ホントだ、うまい! うまいですね〜」
 最後はG。
「あ〜、ん〜……くちゃくちゃ……うめえっっっ!」(こいつはなんでもうまいと感じる舌の持ち主ではあるが)
 その後、続々入ってきては、ひとしきり飲み食いして去っていく地元親父軍団たち。
 やはり、いい店だったのだ。
 塩で味つけした薄色系のレバだけ炒めもうまかった(「ニラだけ炒めもあるのだろうか」というのが反省会の議題のひとつにもなったほど)。
 指扇『宝来軒』。
 なんかこのコーナー、“ほうらい”が多い気もしたそんな夜。試合は負けたが、相手キャッチャーが返球動作に入った瞬間ホームに向かって走りはじめた自分の姿を思い浮かべつつ、すやすや眠ったエース。それにしても、あの体格のいいバッター、本当に誰だったんだろう……。

(05.11.12 本紙・エース古矢)

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