実録:裏スポ

(※写真はイメージです)

【トラ箱】

『トラ箱』とはいかなる施設か、そして、そこに収容されたものが、
どのような辱めを受けることになるのか、ご存知であろうか?
もちろん、善良なるヨンスポ読者諸兄は、その実態を知るよしもなかろう。
しかし、とある些細なきっかけから、男の人生は大きく変わってしまったのである。

そもそも『トラ箱』とは何か?
それは泥酔者を保護する施設である。
『トラ箱』のトラとは、虎のことであり、酔っ払いを指す。泥酔者のことを大虎ともいう。

「土佐の鯨は大虎で 腕と度胸の男伊達 いつでも 酔って候♪」
鯨海酔侯こと第十五代 土佐藩主・山内 容堂豊信を唄った柳ジョージももういない。
今ごろ強く大きかったアメリカと、旧き良きYOKOHAMAを夢みながら
芝生の下で安らかな眠りについていることだろう。RIP. ジョーちゃん。

まあ、いい。

ものがたりは、吉祥寺のとあるコンビニで、初老の男が、ATMから3万円を引き出す場面から始まった。
財布の中にあった所持金と、ATMで引き出した金をあわせて、
5万を超える大枚を手にした男が心に期すものは……、はたして何をするつもりなのか。

こたえはひとつ。フィリピンパブで飲むことである。

まずは立ち飲み屋で勢いをつける。
そして、薄闇せまる吉祥寺の巷へと男は繰り出した。
男は心に決めていた。「気の利いた呼び込みのいた店に入ろう」と。
しかし、男のめがねにかなうほど海千山千の呼び込みに出会うことはなかった。
冬間近な巷間をさまよう男。それはまさに、この男の塩辛い人生を象徴していた。

だが、男は決めた。すでに男の心に迷いはなかった。
いつもの店に入ろう。それなら最初からそうしろ。

まあ、いい。

飲むほどに、おねえちゃんを触るほどに酔いはまわった。
「社っ長さ〜ん、ワタシモオカワリイイ?」などとかまびすしい店で
男の脳裏に去来したものはなんだったのか。
別れた女、まだ幼かった子供たち。
本当に一塁手とは、男の終着駅なのか。
ファーストミットとは、男が手にする人生最期の道具なのか。
飲んでも、揉んでも癒されないこの残尿感はなんなんだ。
自問自答する男。遠ざかる意識。
その時、男を突き動かしたものは、やはり、怒りだった……。

あらがう男。見知らぬ男たちの腕。パトカーの後部座席。
つかの間、まどろんだ男が目を覚ましたとき、
そこにあったのは、薄汚れたマットレスと薄い毛布に横たわる自分のカラダ。
なぜかやけに明るい部屋。鉄格子ではなく、ポリカーボネートの透明な壁で隔てられた空間。
そういえば、男は一晩中、この透明な壁をかかとで蹴り続けていたような気がした。
ここが『トラ箱』だと気づくまで、それほど時間はかからなかった。

怒り。それがこの男を奮い立たせる最たる衝動だ。
生意気なタクシー運転手(P山崎ではない)、後ろからクラクションを鳴らす原付ライダー、
スペクター多摩支部を取り締まる交通機動隊。
男の怒りは、男なりの正義の裏返しなのかもしれない。

どうやら、その正義の鉄槌が、今回は吉祥寺のフィリピンパブの店員に向けて振り下ろされたらしい。
だが、男は言う。「オレは絶対に先に手出しはしない」。つまり暴力沙汰ではない。
それじゃあ、ただのたちの悪い酔っ払いだったのか。

まあ、いい。

トラ箱から、いわゆる娑婆へと返されるとき、
いったんは取り上げられていた男の持ち物が返還される。
財布の中身は全てひろげられ、確認を強いられる。

収監された時点での所持金。今回は1万8千円あって面目が保てた。
コンビニのATMで引き出しておいて良かった〜と、ここでかなり安堵する男。
吉野屋の割引券。熱烈中華食堂 日高屋の期限切れのクーポン券。
いきつけのフィリピンパブのスタンプ券。ソープランドの会員証。
エースの肖像写真。これは恥ずかしい。

オレはなぜこんな辱めを受けるのか? 怒りにふるえる男。
この怒りをオレはどこに向ければいいのか?
なぜかその時、男の目には、白球と、男が手にする人生最期の道具ファーストミット、
そして、それをむき出しで持ち歩いても、ボートさんのように穏やかな人相なら
誰にもとがめられることはないバットが目に浮かんだ。

2011年12月23日。寒風吹きすさぶ神宮大銀杏グラウンド。
男はトラ箱でも、男の終着駅でもなく、レフトのポジションで勝利の瞬間を迎えていた。
オレのいる場所は、いったいどこなんだ? はたして、オレにいる場所はあるのか?
男は左手を覆う人生最期の道具、ファーストミットを見つめていた。

(つづくかもしれない)
ペン=本紙キャプテン


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